想いのままに。

J窓系列夢小説

永遠。

 

「…今日で最後にしよう。」

 

彼女から突然のサヨナラ。

 

「…え…なんで?…突然、そんな事…」

 

嫌だ。絶対に嫌だ。

 

繋いだ手が離せない。

 

人込みから離れた路地裏のカフェ。

ここで会えるのはいつも少しの時間だけ。

 

「…もし、もしこの事がバレたら、ケントは…」 

 

彼女の目が潤む。

 

「俺の事はいいよ。心配しないで。」

 

そんな優しい所が大好きなんだ。

 

 「…ごめん、そろそろ、帰らないと…」

 

このまま帰らせたくない。

話はまだ終わっていない。

だけど、彼女を無理に引き留める事はできない。

 

「また、会えるよね?すぐに時間作って連絡するから…!」

 

繋いだ手を強く握り締める。困らせている。分かってる。

だけど、別れたくない。サヨナラなんてしたくない。

 

少しの沈黙のあと、彼女が呟いた。

 

「…ダメだよ。分かって?お願い…」

 

小さな手が俺の手から離れ、振り返らずにカフェを出ていく。

 

遠くなる姿を窓から眺める。

追いかける事も出来ないなんて…

 

 

俺はアリスを運命の人だと思っている。

 

初めてここに来た日、たまたま相席になった。

読む本が同じだった。

次に来た時は隣に座った。

同じ飲み物を頼んだ。

その次に来た時は入口で一緒になった。

 

たまたまが何度も重なって、気になって、俺から話しかけた。

それが始まり。

 

彼女は凄く年上で、子供の頃から大人に囲まれて育った俺には居心地が良い。

仕事の事、趣味の事、悩みも何でも聞いてくれる。

仕事でカフェに行けない日が続く前に思い切って携帯の番号を聞いた。

少しずつメールや電話でも連絡を取るようになった。

 

気付けば俺は、いつもアリスの事を考えるほど好きになっていた。

彼女の事が全て知りたくて色んな話をした。

 

そして知りたくない事も聞いた。彼女は結婚していた。

 

知った時は震えるほどショックだった。

そんな事があるのかと。

でも、嫌いにはなれなかった。

寧ろ、旦那さんと喧嘩して落ち込むアリスを少しでも笑顔にしたくて、たくさんの時間を彼女のために使った。

いや、少しでも振り向いてほしくて頑張っていた。

 

月に数回、このカフェで俺と過ごす時は幸せな時間であってほしくて。

 

想いは大きくなるばかりで、隠す事が出来なくなった。

嫌われる覚悟で気持ちを伝えると、彼女と付き合える事になった。

もちろん全てを理解した上で。

 

誰にも言えない関係。

だけど凄く幸せだった。

俺の隣で笑ってくれる時間は、全てが許されている気がしていた。

 

でも、最近少し様子がおかしい。

そう思っていた矢先にサヨナラを言われた。

 

旦那さんにバレたのか。

俺の事が嫌いになったのか。

何も聞けなかった。

 

こんなに好きなのに。

 

ずっと続けばいいと本気で思っていたのに…。 

 

 

 

 

「はぁ…」

 

数日経っても、考えるのはアリスの事ばかり。

カフェにも何度か行ってみたけれど、来る気配すら感じなかった。

 

今頃何してるのかな?

笑ってるかな?

泣いてないかな?

 

…旦那さんの腕に抱かれてるのかな?

 

そんな事ばかり考えてしまう。

 

仕事中も上の空。

ご飯も美味しくない。

何を見ても楽しくない。

 

俺の心は限界だった。

 

 

10日目にして、彼女のケータイを鳴らした。

やっぱり諦めたくない。

 

「…もしもし?」

 

遠くに聞こえた彼女の声。

 

「…もしもし、俺、だけど。今、話せる?」

 

久々に聞く声は相変わらず温かい。

 

「…うん、大丈夫。」

 

「…ごめんね。ダメって言われたのに連絡しちゃって。」

 

…怒ってない?

急に不安になる。

 

「いいよ。大丈夫。」

 

優しい声にホッとすると同時に寂しさが込み上げてきた。

 

「俺、やっぱり会えないなんて我慢できないよ。…今から会えない?」

 

少しの時間でいい。顔を見て話がしたい。

 

「ごめんね、行けない。」

 

予想通りの返事。

 

「どうして?俺の事嫌いになった?」

 

「違う。そうじゃ、ないんだけど…行けないの。」

 

何だか腑に落ちない。やっぱり…

 

「…旦那さんにバレたの?」

 

聞きたくない。

 

「…うん。」

 

これが現実。

分かっていた。いつかこの日が来る。

だけど… 

 

「そっか…。でも、俺は会いたい。本当は毎日でも会いたいと思ってる。」

 

ダメだ…限界だ…言葉に出すと耐えられない…

 

「分かってるつもりだよ。だけど、どうしても会いたいんだ。お願い。お願いだからさ…」

 

 

 

 

電話を切ると急いでカフェへ向かう。彼女に会える。

きちんと伝えるんだ。

俺の気持ちを。

 

 

「ケント。」

 

いつものように呼ばれて振り向くと大好きな姿があった。

待っていた時間が不安で、嬉しくて思わず腕を強く引く。

バランスを崩して倒れるように近付く彼女を咄嗟に抱き締める。

 

「えっ?…ダメだよ…」

 

このまま離したくなくて力を込める。

 

「苦しい…」

 

「あ、ごめん…」

 

つい力を入れ過ぎた。ゆっくりと緩める。

 

「これくらいなら良い?」

 

「うん、大丈夫…」

 

そのまま隣に座らせる。こんなに近い距離は初めて。

いつも並んで座っていたのに気が付かなかった。

なんて小さくて可愛いんだろう。

 

「…このまま離さないって言ったら困る?」

 

彼女にだけ聞こえるように呟く。

 

「…困る。」

 

今にも消えてしまいそうな声。

下を向いたまま。

 

「…ねぇ、何処にも行かないで。俺と一緒にいて?」

 

ずっと、このまま。

 

「…無理だよ。分かるでしょ?私には帰らなきゃいけない場所があるの。」

 

…分かってる。でも、今は言わないでほしい。

 

「…本心じゃないって顔に書いてあるよ?」

 

「え?」

 

顔を上げた彼女の瞳には俺しか映っていない。

今なら言える。

 

「俺、本気だから。ずっと本気だったから。」

 

気持ちを全部伝えたい…

 

「俺、アリスの事を考えると苦しくて夜も眠れないんだ。今何してるのかな?もしかして旦那さんの腕に抱かれてるのかな?って…そう思うと、苦しくて苦しくて…」

 

…ダメだ…つらい…

 

「何で側にいられるのは俺じゃないんだろう、何でもっと早く出会えなかったんだろう、何でって色々考えて…」

 

 彼女の方を見る事が出来ない。

 

「…嬉しい。私ももっと早く出会いたかったって思ってた。…ありがとう、ケント。」

 

そう言うと立ち上がろとした。

 

「ダメだよ、行かせない。」

 

咄嗟に腕に力が入る。

 

「俺を置いて行かないでよ…」

 

涙が溢れてしまいそうだ…

 

「ごめんね、泣かないで…。幸せな時間を沢山ありがとう。」

 

彼女が優しく抱き締めてくれた。

 

その瞬間、俺の中で我慢していた糸が切れた。

 

「…限界だ。」

 

「え?」

 

立ち上がると彼女の手を引きカフェを出る。

 

「何処に行くの?」

 

無言のまま大通りの手前でタクシーに乗った。

 

「待って。ねぇ!」

 

彼女の声は聞こえないふり。

 

もう、このまま帰さない。絶対に。

 

 

「着いた、降りて。」

 

見慣れない景色に警戒しているのが分かる。

 

「早く。」

 

彼女の手を引きエレベーターで上がり玄関を開けると部屋に入れる。忘れずに鍵を閉めてソファーへ誘導する。

 

「座って。」

 

「私帰らないと…もうすぐ旦那が帰ってきちゃう…」

 

今、他の男の事を考えてるなんて…許せない…

 

「その事は忘れて。」

 

立ち尽くしている彼女の手を引き隣に座らせる。

 

「ケント…?」

 

「…俺たち付き合ってるよね?」

 

あきらかに戸惑っている。

 

「ずっと我慢してた…」

 

「…っ、やっ…」

 

強引にキスをしながら押し倒して抵抗されないように両手を押さえる。

 

「ま…って…ケント…やめっ…」

 

キスを繰り返す。

 

「何で嫌がるの?」

 

逃げようとする彼女が許せなくて力が入る。

 

「いたっ…腕、痛い…」

 

「…俺のモノになってよ。俺だけのアリスに…」

 

愛情を全て出すから、受け止めてくれるよね?

 

 

 

 

「…ん…何時?」

 

目覚めた彼女が呟く。

 

「今?えっと、もうすぐ日付変わるかな。」

 

目が合って突然飛び起きる。

 

「ケント!?…え…なんでっ…」

 

慌てる姿は初めて見る。

 

「覚えてないの?ここ、俺の家だよ?」

 

キスしようと近付くと布団に隠れてしまった。

 

「え、待って。え…?」

 

いつも割と冷静な大人な感じの彼女の新しい一面が見れて嬉しくなる。

 

「何で隠れるの?」

 

布団から出ている耳が真っ赤で可愛い!

 

「ねぇ?」

 

少しだけ顔を出してこっちを見る。

…あーもう!可愛い!!

 

思わず抱き締めると彼女は小さく震えていた。

 

「どうしたの?」

 

「…旦那に何て言えばいいの…」

 

何だよ、それ。…さっきまでの幸せな時間を返して。

 

「このまま帰さないから大丈夫。」

 

「ケント…それは無理…」

 

「帰さないよ、絶対に。この家から出さないから。」

 

そんな目で見つめたって駄目だよ。決めたんだ。

俺がずっと一緒にいるって。

 

…泣いてる?

 

「どうして泣いてるの?」

 

「分からない…」

 

もしかして俺が傷つけた?

 

側にいたい、抱き締めたい、キスしたい、抱きたい。

好きな人にそう思う権利は平等じゃないの?

 

抱き締める手を離して起き上がる。

 

「…ごめん。」

 

「…ケント?」

 

「俺はアリスが好き、それだけなんだ。好きで、好きで、どうしたらいいのか分からない。ずっと一緒にいたい。」

 

どうすれば気持ちが伝わる?

 

「他の男の話を聞くといつも嫉妬で狂いそうになってた。だけどそんな事言えないじゃん。分かっててアリスを好きになったんだからさ…」

 

驚く彼女の頭をそっと撫でる。

 

「…子供でごめん。」

 

このまま時間が止まればいいのに…

 

「ケント…」

 

「アリス…俺を見て?」

 

ゆっくり顔を近付ける。

涙で潤んだ瞳には俺だけが映っている。

どうしてこの人を選んでしまったんだろう。

きっと俺だけじゃなく彼女もそう思っている。

答えは…

 

「俺は運命だと思ってる。」

 

好きになった人が、たまたま今は他の人のモノだっただけ。

 

「わたしは…」

 

突然熱を帯びた彼女の瞳に吸い込まれてしまいそう。

 

咄嗟に彼女の瞼に掌をあてる。

愛しすぎてこれ以上見続ける事が出来ない。

 

「…ケン、ト?」

 

無防備な姿が可愛くて、つい意地悪な考えが浮かんでしまう。

 

「このまま、動かないで。」

 

「え?」

 

 「静かに、このまま。」

 

眉毛だけで困っている表情が分かる。

 

そっと掌を外すと、目を閉じている彼女の瞼にキスをした。

 

それから耳元で囁く。

 

 「殺したいほど愛してる…」

 

end

 

 

 

truth~ショウタの場合~

「俺、次の休み予定あるから。」

 

この言葉を言うのは何回目だろう。

 

「そっか。じゃあ、また会えないね。」

 

もう2ヵ月は会っていない。

 

「そうだっけ?」

 

とぼけてみる。

 

「いいよ、別に。じゃ、また電話するね。」

 

素っ気ない返事。でもこれで良い。

俺は忙しい。彼女も忙しい。

お互いに束縛はしない事を条件に付き合っている。

 

だけど、本当は違う。

俺は彼女の出方を待っている。

恋愛に対して興味がないふりをしているだけで、本当は彼女の事がいつも気になっている。

でもそんな事は絶対に言わない。 言えない。

本当の自分は見せたくない。

 

恋愛なんてこんなもの。気楽な方がいいに決まってる。

 

 

 

「明日、健康診断なんだよね。」

 

電話の向こうでぽつりと呟く彼女。

 

「あぁ、前に言ってたやつ?」

 

数日ぶりの電話なのに、彼女の様子が違う事が気になる。

 

「何?病院怖い感じ?」

 

明るく聞いてみる。

 

「だって、何か病気が見つかったら嫌じゃない?」

 

そんな事言うなよ。怖いな。

 

「見つけるために行くんだろ?ま、見つからない方がいいけどな。」

 

「そうだけど…。ショウタ、ごめんもう寝るね。」

 

時計は深夜の時刻を表示している。

 

「おう。おやすみ。」

 

「おやすみ。」

 

心なしか、彼女の声に元気がない。

いつもは俺からすぐに電話を切るけど、今日は切れずに声を掛ける。

 

「ん?ごめん、聞こえなかった、何?」

 

「明日病院終わったら連絡しろよ?」

 

「ん?うん、分かった。」

 

彼女の返事を聞いてから、いつも通り電話を切る。

 

…変に思われたかな?

ただの健康診断かもしれないけど、やっぱり病院って聞いたら心配になるな。

 

 

 

来てしまった。

彼女の家の前。

 

病院は午前中だからもうすぐ終わるだろう。まさか、仕事に行ったりしないよな?

 

じっと待ってるのも怪しいから、ちょっとこの辺歩くか。

腹も減ったし、飯食ってたら電話あるかもしれないし。

 

 

 

てかさ、夜なんだけど。

夕方まで待って帰宅しないから家に帰って来たけど、まだかかってこない。

…まさか、何か病気が見つかったとか!?

えっ…

どうしよう。

いや、これは、ちゃんと確認しないと。

 慌てて、でも冷静に電話をかける。

 

「…もしもし?」

 

寝ぼけた声。

 

「もしもし、じゃねーよ。お前、電話しろって言ったよな?」

 

何寝てんだよ。

 

「何?どうしたの?」

 

「どうしたの?とか…。信じらんねー。」

 

思わず溜息が出る。

 

「病院、どうだったんだよ。」

 

「あ…」

 

これ、忘れてたってリアクションだよな。

 

「ごめん!何ともなかったよ!携帯を玄関に忘れたまま病院と仕事に行っちゃって。」

 

何だよ…俺はその程度かよ…

 

「…そっか。何ともないなら良かった。じゃあ、おやすみ。」

 

「ご、ごめんね。連絡しなくて。」

 

電話を切る。

何ともなかった事に安心しつつ、俺の存在って忘れられる程度でしかなかった事にショックを受けた。

 

俺はこんなにいつも気になってるのにな。

この前の休みだって、何してるのか気になって職場の近くまで行ったし。

急に休みになっても連絡しづらくて、出かける後を追ってみたり。

そろそろ会いたいと思っても、どう切り出せばいいのか分からない。

俺はきっとこのままなんだろうな…

 

 

数日間モヤモヤしていた。

タイミング良くヒロキから飯に誘われて気分転換。

だけど、仕事の話をしていても、ふと彼女の事が気になる。

外に出ると会いたい気持ちが抑えられなくなってしまった。

ヒロキと別れて彼女に電話をする。

 

「もしもし、俺。」

 

「うん、こんばんは。」

 

声を聴いてますます会いたくなる。

 

「何してた?」

 

返事に詰まってる?

 

「ん?」

 

「あぁ、明日の準備。」

 

何だか…様子が違う?

よし、思い切って言うぞ。

 

「そう。…今さ、お前んちの近くで飯食ってて。この後行ってもいい?」

 

「え!?急に!?」

 

ちょっと府に落ちない返事。

 

「は?駄目な理由でもあるのかよ。」

 

「ち、散らかってるし…」

 

何か、隠してる?

俺に会いたくないとか?

 

「あと10分くらいかかるから片付けられるだろ?じゃ、後で。」

 

意地でも会う。会いたい。

 

 

 

とは言うものの、いざとなると緊張する。

部屋に入るのは半年ぶりだもんな。

 

「お邪魔しまーす。」

 

「どうぞ。」

 

この前来た時よりもすっきり片付いてる。

 

「綺麗に片付いてんじゃん。」

 

「片付けたんだよ。」

 

そんなに片付けなくてもいいのに。

それに、こんな時間にわざわざオシャレしなくても。

 

「…何?」

 

じっと見ていたのが嫌だったのかな。

 

「化粧、無理してしなくていいよ。別にスッピンでも変わらないだろ?それに、本当はそんな好服きじゃないんだろ?」

 

キョトンとした顔でこっちを見る。

俺、何かおかしい事言ったかな?

 

雑誌と雑誌の間に封筒が挟んであるのが見える。

どう見ても病院の封筒だし、隠してるようにしか見えない。

 

「お前さぁ、俺に何か隠してない?」

 

「え?な、何も隠し事なんてないよ。」

  

怪しい。本当は結果が悪かったとか、ないよね?

 

「…そこに隠してるつもりの封筒、見せて?ほら、隠し事、ないんだろ?」

 

「だ、駄目だよ。体重とかも載ってるし。別に何もないから。」

 

そんな事はどうでもいいんだよ。

 

「見せろ。早く。」

 

ちょっとイラっとして強い口調で言ってしまった。

 

仕方なくって感じで俺に封筒を渡す。

 

ソファーに座り封筒の中身を全て確認する。

見落としがないように、全てのページに目を通していると再検査の文字が目に入った。

 

「…これ、どういう事?」

 

どう聞いて良いのか分からずに動揺する。

 

沈黙に耐えられず、思い切って聞いてみる。

 

「ポリープがあるから再検査って、つまりは…」

 

怖くて、これ以上言葉が出ない。

 

「小さくて良性だけど、念のために検査しましょうって事。」

 

「本当に?本当にそれだけ?」

 

嘘じゃないよな?

 

「うん、そう言われてる。」

 

彼女の顔を見る限り嘘だとは思えずに安心した。

隣に座るように手招きをすると、彼女は少しだけ距離を開けて座る。

 

彼女が病気かもしれないと思った途端、正直俺は泣きそうだった。

俺に何が出来るんだろう。

俺は今まで何をしてきたんだろう。

そして、今までの自分が嫌で、本当の俺を知ってほしいと思った。

嫌われるかもしれない。

だけど…

 

「…俺、ホントはさ、めっちゃ束縛魔なんだよね。できるだけお前にバレないように距離開けてたんだけど…もう無理だわ。」

 

俺が発した言葉はきっと予想外だったんだろう。 彼女は驚いている。

 

「…無理って事は、今日で終わりって事?」

 

「は?何言ってんの?隠すのが無理って事。」

 

こんなに好きなのに、何で今まで本当の自分でいられなかったんだろう。

 

 「…お前の事で知らない事があるなんて辛い。耐えられない。小さい事でも全て知ってたい。それに…俺だけを見てほしい。見てくれないのなら、もうこの家から出さない。俺も一緒にこの家から出ない。お前とずっと一緒にいる。」

 

 素の俺をどう思うだろう…。

 

「…ショウタはそうしたいの?」

 

優しい口調で答えてくれる。

もっと正直に言ってもいいのかな。

 

「うん。離れたくない。今までも毎日会いたかった。電話だって寂しくて切りたくなかった。でもそれじゃ駄目だから無理やり自分から切ってた。それから、俺のために頑張ってるのを分かってたから普段通りのお前が1番俺の好みだって言えなかった。」

 

「普段通りって?」

 

やばいっ…

凄い顔で俺を見ている。

 

「ショウタ?」

 

…正直に話すしかない。

 

「…俺、休みの日に何度かお前のストーカーしてた。俺と会わない時の姿が知りたくて。キモイよね、俺。でも、お前の事が好きすぎて。こんな俺を知って嫌われるのが怖くて言えなくて…ごめん。」

 

彼女の顔が見れない。きっと引いてる。

 

「嫌いになんてならないよ。…ビックリしたけど、本当のショウタが知れて良かった。」

  

そっと彼女を見ると、優しく微笑んでいた。

そんな姿が可愛くて愛しくて思わず抱き締める。

 

「なぁ、再検査、俺、一緒に行ってもいい?」

 

「え?駄目だよ。ショウタ見つかったら大変!」

 

その場で結果は聞けないかもしれないけど…

 

「心配で、俺、どうにかなるかもしれない。」

 

胸の奥がぎゅっとつままれたように痛む。

そんな俺をじっと見ている。

 

「あ、今ウザイって思っただろ?」

 

「思ってません!」

 

抱きしめていた腕を離すと体ごと彼女へ向き直す。

 

「俺、たぶん結構重い男だね。」

 

「自分で言うんだ。」

 

何がおかしいのか彼女は笑っている。

 

俺だけがこんなに好きなのかって悔しくて強く抱きしめる。

 

腕の中で小さく笑う彼女が本当に可愛くて…

 

「…キス、したい。」

 

心の声が漏れる。

 

「俺、お前しか見ないから。だから、俺の事しか見ないで?」

 

頷くと同時に目を瞑る彼女を見て、俺はきっと一生離れられないと感じた。

 

 

end

 

untruth~ショウタの場合~

「俺、次の休み予定あるから。」

 

彼のこの言葉を聞くのは何回目だろう。

 

「そっか。じゃあ、また会えないね。」

 

もう2ヵ月は会っていない。

 

「そうだっけ?」

 

彼には私と過ごす時間は必要ないらしい。でも、私は彼が好き。

 

「いいよ、別に。じゃ、また電話するね。」

 

ショウタは忙しい。仕事、趣味、後輩との時間。その隙間に私との時間がある。

彼の序列の中で私は最後。でも、別にそれでいい。

私にも仕事や趣味がある。友達とも会いたい。

お互いに束縛はしないのが付き合う時の条件。

 

「来週の予定は…」

 

自分のキャラではない可愛い手帳を開く。

ショウタと付き合いだして買った手帳。少しでも可愛いと思われたくてキャラクター物にしたけど、本当は黒や茶色のシンプルな方が好き。

 

「病院か…嫌だなぁ。」

 

明日の服を選ぶためにクローゼットを開ける。左半分は新しいけどあまり着ていない服。ショウタの好みはどんな感じかな?って色々買ったけど、何を着て行っても無反応だし、最近は会わないから自分の好みしか着ない。

 

恋愛なんてこんなもの。気楽でいい。

 

 

 

「明日、健康診断なんだよね。」

 

「あぁ、前に言ってたやつ?」

 

数日ぶりの電話。

 

「何?病院怖い感じ?」

 

電話の向こうで小さく笑うのが分かる。

 

「だって、何か病気が見つかったら嫌じゃない?」

 

「見つけるために行くんだろ?ま、見つからない方がいいけどな。」

 

時計を見ると0時を過ぎようとしている。

 

「そうだけど…。ショウタ、ごめんもう寝るね。」

 

朝一の病院に遅れないために早く寝たい。

 

「おう。おやすみ。」

 

「おやすみ。」

 

耳から携帯を遠ざけるタイミングでショウタの声が聞こえた。

 

「ん?ごめん、聞こえなかった、何?」

 

慌てて聞き返す。

 

「明日病院終わったら連絡しろよ?」

 

「ん?うん、分かった。」

 

電話を切る。

いつもだったらショウタの方からすぐに電話を切るのに。

それに連絡しろなんて、珍しい事を言うんだな。

心配、してくれてるのかな?

 

 

 

「詳しい結果は後日郵送します。」

 

「はい…」

 

良性だけど小さなポリープがあった。これくらいならある人はたくさんいるから心配いりませんって言われたけど。…ちょっと心配。

 

「あ、ショウタに電話しなきゃ。」

 

あれ?携帯がない!出る時に玄関に忘れたかな?

仕方ない。帰ってから電話しよう。

今日はこのまま仕事に行って夕方には帰るし、夜でもいいかな。

そんな事を考えながら仕事に向かう。

 

最寄りの駅で電車に乗る。まるでいつも通り。体の不調も感じない。

 

だからすっかり忘れてしまった。電話の事を。

 

 

携帯の着信音で目が覚める。こんな夜中に…

 

「…ショウタ?」

 

寝ぼけた意識の中で通話ボタンを押す。

 

「…もしもし?」

 

「もしもし、じゃねーよ。お前、電話しろって言ったよな?」

 

怒ってる?何で?

 

「何?どうしたの?」

 

「どうしたの?とか…。信じらんねー。」

 

電話の向こうで大きな溜息。

 

「病院、どうだったんだよ。」

 

「あ…」

 

忘れてた。すっかり忘れていた。

 

「ごめん!何ともなかったよ!携帯を玄関に忘れたまま病院と仕事に行っちゃって。」

 

「…そっか。」

 

あれ?ショウタ、何だか…

 

「何ともないなら良かった。じゃあ、おやすみ。」

 

「ご、ごめんね。連絡しなくて。」

 

ショウタの方から切れる。

電話はいつも通りなのに、ショウタの様子がちょっと違うように感じた。

気のせいかな…

 

 

 

「再検査…」

 

翌週に届いた病院からの封書には再検査の案内が同封されていた。

良性だけど一応ちゃんと検査をしましょうって事らしい。

これは、ショウタに言うべきか…

 

タイミング良く着信音が鳴る。

 

「もしもし、俺。」

 

「うん、こんばんは。」

 

「何してた?」

 

返事に詰まる。

 

「ん?」

 

「あぁ、明日の準備。」

 

言えない。変な心配かけたくない。

 

「そう。…今さ、お前んちの近くで飯食ってて。この後行ってもいい?」

 

「え!?急に!?」

 

お風呂上がりでスッピンだよ。

 

「は?駄目な理由でもあるのかよ。」

 

「ち、散らかってるし…」

 

「あと10分くらいかかるから片付けられるだろ?じゃ、後で。」

 

いやいや、一方的に電話を切られても…。

 

久々に会えるのにこんなテンションで大丈夫かな…

 

 

 

「お邪魔しまーす。」

 

「どうぞ。」

 

ショウタがうちに遊びに来るなんて半年ぶり。

 

「綺麗に片付いてんじゃん。」

 

「片付けたんだよ。」

 

片付けた後に慌てて着替えもメイクもした。

そんな私をじっと見る。

 

「…何?」

 

ワンピースは嫌だったかな?部屋着よりいいよね…。

 

「化粧、無理しなくていいよ。別にスッピンでも変わらないだろ?」

 

そっち?

 

「それに、本当はそんな好服きじゃないんだろ?」

 

え?

 

え、ちょっと待って。言葉が出ない。ショウタの前で普段の格好を見せた事なんてないよね?

 

何で知ってるの?

 

 

「お前さぁ、俺に何か隠してない?」

 

「え?な、何も隠し事なんてないよ。」

  

「…そこに隠してるつもりの封筒、見せて?」

 

それは…病院の封筒…

 

「ほら、隠し事、ないんだろ?」

 

でも、これは見せたくない。心配かけたくない…。

 

「だ、駄目だよ。体重とかも載ってるし。別に何もないから。」

 

「見せろ。早く。」

 

ショウタ、どうしちゃったの?

 

冷たい視線。

差し出された催促の手。断れない…

 

「…はい。」

 

仕方なく封筒を渡す。

 

ソファーに座ると封筒の中身を全て確認する。

いつもと違い過ぎるショウタを目の当たりにして動揺していた。

 

「…これ、どういう事?」

 

沈黙が続く。

 

「ポリープがあるから再検査って、つまりは…」

 

「小さくて良性だけど、念のために検査しましょうって事。」

 

ショウタの顔色が変わる。

 

「本当に?本当にそれだけ?」

 

「うん、そう言われてる。」

 

溜息をついた後、隣に座るように手招きをされる。

少しだけ距離を開けて座る。

 

「…俺、ホントはさ、めっちゃ束縛魔なんだよね。できるだけお前にバレないように距離開けてたんだけど…もう無理だわ。」

 

予想外の言葉に驚きを隠せない。

 

「…無理って事は、今日で終わりって事?」

 

だよね…

 

「は?何言ってんの?隠すのが無理って事。」

 

ショウタの視線が刺さる。さっきの冷たい視線ではなく、どこか甘えた視線。

 

「…お前の事で知らない事があるなんて辛い。耐えられない。小さい事でも全て知ってたい。それに…俺だけを見てほしい。見てくれないのなら、もうこの家から出さない。俺も一緒にこの家から出ない。お前とずっと一緒にいる。」

 

ショウタ、さらっと怖い事を言ってるんだけど…

 きっとわたしも心の何処かで思っていた。ずっと一緒にいたい、と。

 

「ショウタはそうしたいの…?」

 

「うん。離れたくない。今までも毎日会いたかった。電話だって寂しくて切りたくなかった。でもそれじゃ駄目だから無理やり自分から切ってた。それから、俺のために頑張ってるのを分かってたから普段通りのお前が1番俺の好みだって言えなかった。」

 

「…普段通りって?」

 

不思議に思って顔を覗き込むとバツが悪そうな顔をしている。

 

「ショウタ?」

 

「…俺、休みの日に何度かお前のストーカーしてた。俺と会わない時の姿が知りたくて。キモイよね、俺。でも、お前の事が好きすぎて。こんな俺を知って嫌われるのが怖くて言えなくて…ごめん。」

 

確かに、ちょっと…。だけど。

 

「嫌いになんてならないよ。…ビックリしたけど、本当のショウタが知れて良かった。」

 

強く抱きしめられる。

 

「なぁ、再検査、俺、一緒に行ってもいい?」

 

「え?駄目だよ。ショウタ見つかったら大変!」

 

最近は仕事も忙しいし…。

 

「心配で、俺、どうにかなるかもしれない。」

 

やっぱり見せるんじゃなかったなぁ…。

 

「あ、今ウザイって思っただろ?」

 

「思ってません!」

 

抱きしめていた腕を離すと甘えた視線のまま私を見つめる。

今までどれだけ嘘の姿で我慢していたんだろうと思うと目の前にいるショウタが愛おしく思えた。

 

「俺、たぶん結構重い男だね。」

 

「自分で言うんだ。」

 

可笑しくなって笑っていると、また強く抱きしめられる。

 

「…キス、したい。」

 

耳元で低い声で囁かれて急に鼓動が早くなる。

 

「俺、お前しか見ないから。だから、俺の事しか見ないで?」

 

頷くと同時に、もうショウタからは離れられないと感じた。

 

 

end

 

 

真実。

 

「まだ?」

 

「んーもうちょっと。」

 

彼女と出掛けると約束した時間から1時間が経過。

いつも準備に手間取ってしまう。

 

「ケント、先に出るね。」

 

「えっ!?ちょ、ちょっと待って」

 

年上の彼女と釣り合いたくて俺なりに一生懸命に身支度をする。

 

「お待たせ!ごめんなさい!!」

 

やっと出発できると思うと嬉しくて勝手に顔がにやける。

 

「はいはい、待ちました。じゃあご飯はケントの奢りね。」

 

「もちろん!」

 

そのくらいでいいの?

本当は少し甘えてほしい。

でも、そんな事、俺からは言えない。

 

「今日も運転、お願いしまーす!」

 

運転中の横顔にドキドキしてしまう。

 

アリスと付き合って二ヵ月。

まだ何もできない。

このままだと、きっとそのうち他の男に言い寄られちゃうと思うんだよ。

だけど…

 

じっと見ていたら彼女がふいにこっちを向いてビックリ。

思わず視線を逸らす。

 

「信号変わったよ!」

 

目が合うと、キスしたくなる。

でも我慢。

突然そんな事したら嫌われてしまうかもしれない。

本当の俺を知ったら子供だねって言われそう。

 

彼女が頼ってくれる、そんな男になりたい。

 

 

 

「今日は楽しかった?」

 

帰り際に彼女から突然聞かれる。

 

「うん!」

 

もちろん、楽しかったに決まってるじゃん。 

 だけど彼女は笑っていない。

 

「…楽しくなかった、かな?」

 

「ううん、そんな事なかったよ。」

 

笑顔だけど、目が笑っていない。

 

俺、今日何かした?

ご飯気に入らなかった?

本当は体調が悪かったとか?

色々考えるけど答えは分からない。

聞いて、器が小さい男って思われたくないし…

 

「ケント、またね。」

 

本当はもう少し一緒にいたいけど、遅くなると帰したくなくなるから…

 

「うん、おやすみ。」

 

なるべくいつも通りに笑顔で見送る。

 

大好きな彼女だからこそ、本当の自分を隠してしまう。

もし、俺が自分をさらけ出したら彼女はどんな反応をするだろうか。

 

 

 

その日から連絡が取れなくなった。

タイミング良く携帯の電源が切られている。

故意的に避けられている。

 

今までの事を色々思い出す。

俺は彼女に何かしたのか?

嫌われないように余計な事は何もしなかった。

だけど、何もなくて避けられているなんて考えにくい。

 

…じゃあ、他に男が?

 

あれだけ可愛いから絶対にモテるはず。

でもそんな気配はなかった。

俺だけだって言っていた。

信じたい。

 

一人で考えているとイライラしかしない。

 

毎日時間を見つけては電話をかけていた。

でも繋がらない。

 

…もう限界だ。

 

彼女のマンションへ向かう。

 

改めて電話をかけると、俺が訪ねる事を察知したかのように呼び出し音が鳴る。

 

 「…もしもし」

 

久しぶりに聞く彼女の声。 

嬉しいはずなのにイラつく自分がいる。

 

「今、マンションの下にいる。」

 

「え!?」

 

そりゃ驚くだろうな。

 

「家、入れる?」

 

ちゃんと話したい。

 

「…鍵開けるね…」

 

なんだよ、会いたくないのかよ。

 

インターホンを鳴らすとゆっくりと玄関が開く。

 

「…どうぞ。」

 

目を合わせてくれない。

 

「…さっき仕事から帰ったばかりで散らかっててごめんね。」

 

全然こっちを向かずに喋る姿に更にイライラする。

 

「…座って、コーヒー入れるから。」

 

かすかに震えている声。

俺の事そんなに嫌なのか?

 

「…男、いるの?」

 

もう、自分を隠せない。

 

「いるわけないでしょ!」

 

嘘っぽい返事。

 

「ふーん。」

 

部屋を見渡してもそれらしき物は見当たらないけど。

 

「…じゃあさ、何で俺の事シカトしてたわけ?俺、何かした?」

 

聞きたいのはその答え。答えを聞いたら帰る。

だけど黙ったまま。

 

…俺をこれ以上怒らせたいのか?

 

「なぁ!!」

 

つい声が大きくなる。

 

「こっち見ろよ。答えろよ。」

 

腕を掴んでこっちを向かせる。

 

振り向いた彼女の目には涙が。

それは、どんな意味?

 

「泣けば済むと思うなよ?」

 

強引に腕を引きベッドに突き飛ばす。

 

離れるなんて考えたくない。

他の男に取られるくらいなら殺してやりたい。

 

 「俺は…俺はお前の事こんなに…」

 

ふと我に返ると彼女の首に手を掛けていた。

一瞬でもよぎった暴力的な考えに情けなくなり、震える彼女を抱き締める。 

 

「心配させんなよ。離れたくない。俺の側にいて。絶対に幸せにするから。」

 

伝えたい気持ちが止まらない。

抱き締めていた腕を外しキスをする。

 

「…ケント…」

 

涙が溢れる彼女の瞳には俺だけが映っている。

 

これが全てだ。

 

どうしようもなく好きなんだよ…」

 

「…私も好きだよ…」

 

震える彼女が呟く。

今までに見た事がない顔で。

 

「じゃあ、何で避けてたの?」

 

下を向いて黙ってしまった。

 

「俺、そんなに難しい事聞いてないよね?」

 

小さく深呼吸をして顔を上げる。

 

「わたし、ケントの事が分からなくて。」

 

予想もしてなかった言葉に息を飲む。

 

「ケントはいつもニコニコしてるだけで、自分の意見は言わないし、思ってる事も言わない。それに、何もしてこないし…」

 

言葉が出ない。

こんな事を思っていたなんて。

 

「わたし、彼女じゃなくて、頼れるお姉ちゃんなのかなって…」

 

そこまで言うとまた下を向いてしまった。

 

「…違う。そんなんじゃない。俺は…ただ…」

 

俺は子供だよ、ごめん。

 

「俺は、甘えてほしいって思ってた。もっと頼ってほしいって。でも、どう言えばいいのか…」

 

彼女の顔を上げる。

 

「手も繋ぎたいし、キスもしたい。それ以上だって…。でも、タイミングが分からないんだよ。俺の独りよがりだったらどうしようとか、嫌われたらどうしようとか。恋愛経験が少ないから分からないんだ。」

 

「…言ってよ、ちゃんと。」

 

彼女の目から涙がこぼれる。

 

「ごめん…。だって、嫌われたくないもん。俺、アリスいないと息が出来ないほど苦しいもん。」

 

「…大袈裟だよ。」

 

泣きながら笑う彼女を見て更に胸が苦しくなる。

 

「…何で、こんなに苦しいんだろう。」

 

そっと彼女の手が俺の手に重なる。

 

「…俺、ずっと我慢してたから優しくするのは無理かも。」

 

「…いいよ。」

 

俺が甘え過ぎていた。

年上だから、何でも知ってるから、分かってるから、俺は彼女に合わせていけば間違いないって。

そんなの、俺の勝手な考えだった。

 

「俺、もっと良い男になるよ。だから、側にいて?」

 

小さく頷いて目を閉じる。

 

「開けて。俺を見て。」

 

ゆっくりと開く瞼、奥の瞳には俺がいる。

 

「大好きだよ、アリス…」

 

 

 

「お腹すかない?」

 

彼女は寝ているのか何も反応がない。

 

「ねぇ…」

 

耳元で囁くとかすかに反応する。

 

「…もういっかい、する?」

 

急に目が開いて起き上がる。

 

「お腹、空いたね!何か作るね!」

 

慌ててベッドから出ようとするのを止める。

 

「いい、やっぱり。」

 

押し倒すと彼女が首を振る。

 

「俺の事、嫌いになった?」

 

ゆっくりとキスをする。

彼女の耳が真っ赤になっている。

 

「…アリス?」

 

顔を覗き込むときゅっと目を瞑っている。

 

いや、可愛すぎるでしょ!!!

 

「我慢できない…」

 

さっきよりも激しく、彼女を求める。

俺なしでは生きられないようにしたい。

アリスを壊したい…

 

「…ねぇ、ケント。」

 

「ん?」

 

小さく呟く。

 

「今日のケントが本当の姿?いつもニコニコしてるのは作ってた?」

 

「どっちも本当。」

 

突然背中を向ける。

やっぱり隠したままの方が良かったのかな…

 

顔を覗き込もうとすると隠された。

 

「え?何で?」

 

訳が分からなくて無理矢理顔を見る。

 

「いや、待って…」

 

「な…何で真っ赤なの?」

 

無言で俺を見つめる。

 

…あぁ、もしかして…

 

「どっちも俺だよ。でも…こっちの俺はお前にしか見せない。」

 

咄嗟に布団にもぐる。

 

「もぅ…!!」

 

「アリスはこういうのが好きなんだ。」

 

必死に隠れる姿も最高に可愛くて、ますます愛しくなる。

 

「ケント、怒るよ?」

 

「いいよ、怒っても。でも、もういっかい、ね。」

 

そう言って彼女を押さえつける。

可愛くて愛しくて、溢れる気持ちが止まらない。 

 

「愛してるよ…」

 

 

 

「まだー?」

 

「もうちょっと待って!」

 

今日も俺は相変わらず彼女を待たせている。

 

「今日もケントの奢りね。」

 

「もちろん!」

 

あれから彼女との関係が少しだけ変わった。

前よりも楽に側にいられる。

 

「あ、これ今月の雑誌?ケント載ってる!みんな写りいいね!」

 

え、何言ってんの?

 

「俺以外の男見てんじゃねーよ。」

 

「ごめんごめん。」

 

いくらメンバーでも、彼女には会わせない。

もっと言うなら、世の中の男全部抹殺してやりたい。

それぐらい、俺は彼女の事が好きで、彼女にも俺だけを見ていてほしい。

 

「…出かけるの中止。」

 

「もぅ、ごめんって!!お出かけしよう?」

 

そんな気分じゃなくなった。

 

「楽しみにしてたのに。行かないなら帰るよ?」

 

玄関で靴を履く後ろ姿は隙だらけで思わず抱き締める。

 

「嘘。怒った?」

 

「…怒ってないよ。」

 

抱き締めたらもちろん押し倒して…

 

「ちょ…こんなとこで…」

 

「帰さない。…今日も俺しか見えないようにしてやるよ。」

 

俺はお前しか見えてないよ。 

 

 

end

 

 

 

 

 

はじめに。

人を好きになる瞬間に理由はない。

 

例え相手がどんな人であっても。

 

だけど、この思いはきっと届かない。

 

どんなにたくさんの言葉を届けても。

 

だから

 

この場所だけでいいから

 

この想い…届いて…。