真実。
「まだ?」
「んーもうちょっと。」
彼女と出掛けると約束した時間から1時間が経過。
いつも準備に手間取ってしまう。
「ケント、先に出るね。」
「えっ!?ちょ、ちょっと待って」
年上の彼女と釣り合いたくて俺なりに一生懸命に身支度をする。
「お待たせ!ごめんなさい!!」
やっと出発できると思うと嬉しくて勝手に顔がにやける。
「はいはい、待ちました。じゃあご飯はケントの奢りね。」
「もちろん!」
そのくらいでいいの?
本当は少し甘えてほしい。
でも、そんな事、俺からは言えない。
「今日も運転、お願いしまーす!」
運転中の横顔にドキドキしてしまう。
アリスと付き合って二ヵ月。
まだ何もできない。
このままだと、きっとそのうち他の男に言い寄られちゃうと思うんだよ。
だけど…
じっと見ていたら彼女がふいにこっちを向いてビックリ。
思わず視線を逸らす。
「信号変わったよ!」
目が合うと、キスしたくなる。
でも我慢。
突然そんな事したら嫌われてしまうかもしれない。
本当の俺を知ったら子供だねって言われそう。
彼女が頼ってくれる、そんな男になりたい。
「今日は楽しかった?」
帰り際に彼女から突然聞かれる。
「うん!」
もちろん、楽しかったに決まってるじゃん。
だけど彼女は笑っていない。
「…楽しくなかった、かな?」
「ううん、そんな事なかったよ。」
笑顔だけど、目が笑っていない。
俺、今日何かした?
ご飯気に入らなかった?
本当は体調が悪かったとか?
色々考えるけど答えは分からない。
聞いて、器が小さい男って思われたくないし…
「ケント、またね。」
本当はもう少し一緒にいたいけど、遅くなると帰したくなくなるから…
「うん、おやすみ。」
なるべくいつも通りに笑顔で見送る。
大好きな彼女だからこそ、本当の自分を隠してしまう。
もし、俺が自分をさらけ出したら彼女はどんな反応をするだろうか。
その日から連絡が取れなくなった。
タイミング良く携帯の電源が切られている。
故意的に避けられている。
今までの事を色々思い出す。
俺は彼女に何かしたのか?
嫌われないように余計な事は何もしなかった。
だけど、何もなくて避けられているなんて考えにくい。
…じゃあ、他に男が?
あれだけ可愛いから絶対にモテるはず。
でもそんな気配はなかった。
俺だけだって言っていた。
信じたい。
一人で考えているとイライラしかしない。
毎日時間を見つけては電話をかけていた。
でも繋がらない。
…もう限界だ。
彼女のマンションへ向かう。
改めて電話をかけると、俺が訪ねる事を察知したかのように呼び出し音が鳴る。
「…もしもし」
久しぶりに聞く彼女の声。
嬉しいはずなのにイラつく自分がいる。
「今、マンションの下にいる。」
「え!?」
そりゃ驚くだろうな。
「家、入れる?」
ちゃんと話したい。
「…鍵開けるね…」
なんだよ、会いたくないのかよ。
インターホンを鳴らすとゆっくりと玄関が開く。
「…どうぞ。」
目を合わせてくれない。
「…さっき仕事から帰ったばかりで散らかっててごめんね。」
全然こっちを向かずに喋る姿に更にイライラする。
「…座って、コーヒー入れるから。」
かすかに震えている声。
俺の事そんなに嫌なのか?
「…男、いるの?」
もう、自分を隠せない。
「いるわけないでしょ!」
嘘っぽい返事。
「ふーん。」
部屋を見渡してもそれらしき物は見当たらないけど。
「…じゃあさ、何で俺の事シカトしてたわけ?俺、何かした?」
聞きたいのはその答え。答えを聞いたら帰る。
だけど黙ったまま。
…俺をこれ以上怒らせたいのか?
「なぁ!!」
つい声が大きくなる。
「こっち見ろよ。答えろよ。」
腕を掴んでこっちを向かせる。
振り向いた彼女の目には涙が。
それは、どんな意味?
「泣けば済むと思うなよ?」
強引に腕を引きベッドに突き飛ばす。
離れるなんて考えたくない。
他の男に取られるくらいなら殺してやりたい。
「俺は…俺はお前の事こんなに…」
ふと我に返ると彼女の首に手を掛けていた。
一瞬でもよぎった暴力的な考えに情けなくなり、震える彼女を抱き締める。
「心配させんなよ。離れたくない。俺の側にいて。絶対に幸せにするから。」
伝えたい気持ちが止まらない。
抱き締めていた腕を外しキスをする。
「…ケント…」
涙が溢れる彼女の瞳には俺だけが映っている。
これが全てだ。
「 どうしようもなく好きなんだよ…」
「…私も好きだよ…」
震える彼女が呟く。
今までに見た事がない顔で。
「じゃあ、何で避けてたの?」
下を向いて黙ってしまった。
「俺、そんなに難しい事聞いてないよね?」
小さく深呼吸をして顔を上げる。
「わたし、ケントの事が分からなくて。」
予想もしてなかった言葉に息を飲む。
「ケントはいつもニコニコしてるだけで、自分の意見は言わないし、思ってる事も言わない。それに、何もしてこないし…」
言葉が出ない。
こんな事を思っていたなんて。
「わたし、彼女じゃなくて、頼れるお姉ちゃんなのかなって…」
そこまで言うとまた下を向いてしまった。
「…違う。そんなんじゃない。俺は…ただ…」
俺は子供だよ、ごめん。
「俺は、甘えてほしいって思ってた。もっと頼ってほしいって。でも、どう言えばいいのか…」
彼女の顔を上げる。
「手も繋ぎたいし、キスもしたい。それ以上だって…。でも、タイミングが分からないんだよ。俺の独りよがりだったらどうしようとか、嫌われたらどうしようとか。恋愛経験が少ないから分からないんだ。」
「…言ってよ、ちゃんと。」
彼女の目から涙がこぼれる。
「ごめん…。だって、嫌われたくないもん。俺、アリスいないと息が出来ないほど苦しいもん。」
「…大袈裟だよ。」
泣きながら笑う彼女を見て更に胸が苦しくなる。
「…何で、こんなに苦しいんだろう。」
そっと彼女の手が俺の手に重なる。
「…俺、ずっと我慢してたから優しくするのは無理かも。」
「…いいよ。」
俺が甘え過ぎていた。
年上だから、何でも知ってるから、分かってるから、俺は彼女に合わせていけば間違いないって。
そんなの、俺の勝手な考えだった。
「俺、もっと良い男になるよ。だから、側にいて?」
小さく頷いて目を閉じる。
「開けて。俺を見て。」
ゆっくりと開く瞼、奥の瞳には俺がいる。
「大好きだよ、アリス…」
「お腹すかない?」
彼女は寝ているのか何も反応がない。
「ねぇ…」
耳元で囁くとかすかに反応する。
「…もういっかい、する?」
急に目が開いて起き上がる。
「お腹、空いたね!何か作るね!」
慌ててベッドから出ようとするのを止める。
「いい、やっぱり。」
押し倒すと彼女が首を振る。
「俺の事、嫌いになった?」
ゆっくりとキスをする。
彼女の耳が真っ赤になっている。
「…アリス?」
顔を覗き込むときゅっと目を瞑っている。
いや、可愛すぎるでしょ!!!
「我慢できない…」
さっきよりも激しく、彼女を求める。
俺なしでは生きられないようにしたい。
アリスを壊したい…
「…ねぇ、ケント。」
「ん?」
小さく呟く。
「今日のケントが本当の姿?いつもニコニコしてるのは作ってた?」
「どっちも本当。」
突然背中を向ける。
やっぱり隠したままの方が良かったのかな…
顔を覗き込もうとすると隠された。
「え?何で?」
訳が分からなくて無理矢理顔を見る。
「いや、待って…」
「な…何で真っ赤なの?」
無言で俺を見つめる。
…あぁ、もしかして…
「どっちも俺だよ。でも…こっちの俺はお前にしか見せない。」
咄嗟に布団にもぐる。
「もぅ…!!」
「アリスはこういうのが好きなんだ。」
必死に隠れる姿も最高に可愛くて、ますます愛しくなる。
「ケント、怒るよ?」
「いいよ、怒っても。でも、もういっかい、ね。」
そう言って彼女を押さえつける。
可愛くて愛しくて、溢れる気持ちが止まらない。
「愛してるよ…」
「まだー?」
「もうちょっと待って!」
今日も俺は相変わらず彼女を待たせている。
「今日もケントの奢りね。」
「もちろん!」
あれから彼女との関係が少しだけ変わった。
前よりも楽に側にいられる。
「あ、これ今月の雑誌?ケント載ってる!みんな写りいいね!」
え、何言ってんの?
「俺以外の男見てんじゃねーよ。」
「ごめんごめん。」
いくらメンバーでも、彼女には会わせない。
もっと言うなら、世の中の男全部抹殺してやりたい。
それぐらい、俺は彼女の事が好きで、彼女にも俺だけを見ていてほしい。
「…出かけるの中止。」
「もぅ、ごめんって!!お出かけしよう?」
そんな気分じゃなくなった。
「楽しみにしてたのに。行かないなら帰るよ?」
玄関で靴を履く後ろ姿は隙だらけで思わず抱き締める。
「嘘。怒った?」
「…怒ってないよ。」
抱き締めたらもちろん押し倒して…
「ちょ…こんなとこで…」
「帰さない。…今日も俺しか見えないようにしてやるよ。」
俺はお前しか見えてないよ。
end