untruth~ショウタの場合~
「俺、次の休み予定あるから。」
彼のこの言葉を聞くのは何回目だろう。
「そっか。じゃあ、また会えないね。」
もう2ヵ月は会っていない。
「そうだっけ?」
彼には私と過ごす時間は必要ないらしい。でも、私は彼が好き。
「いいよ、別に。じゃ、また電話するね。」
ショウタは忙しい。仕事、趣味、後輩との時間。その隙間に私との時間がある。
彼の序列の中で私は最後。でも、別にそれでいい。
私にも仕事や趣味がある。友達とも会いたい。
お互いに束縛はしないのが付き合う時の条件。
「来週の予定は…」
自分のキャラではない可愛い手帳を開く。
ショウタと付き合いだして買った手帳。少しでも可愛いと思われたくてキャラクター物にしたけど、本当は黒や茶色のシンプルな方が好き。
「病院か…嫌だなぁ。」
明日の服を選ぶためにクローゼットを開ける。左半分は新しいけどあまり着ていない服。ショウタの好みはどんな感じかな?って色々買ったけど、何を着て行っても無反応だし、最近は会わないから自分の好みしか着ない。
恋愛なんてこんなもの。気楽でいい。
「明日、健康診断なんだよね。」
「あぁ、前に言ってたやつ?」
数日ぶりの電話。
「何?病院怖い感じ?」
電話の向こうで小さく笑うのが分かる。
「だって、何か病気が見つかったら嫌じゃない?」
「見つけるために行くんだろ?ま、見つからない方がいいけどな。」
時計を見ると0時を過ぎようとしている。
「そうだけど…。ショウタ、ごめんもう寝るね。」
朝一の病院に遅れないために早く寝たい。
「おう。おやすみ。」
「おやすみ。」
耳から携帯を遠ざけるタイミングでショウタの声が聞こえた。
「ん?ごめん、聞こえなかった、何?」
慌てて聞き返す。
「明日病院終わったら連絡しろよ?」
「ん?うん、分かった。」
電話を切る。
いつもだったらショウタの方からすぐに電話を切るのに。
それに連絡しろなんて、珍しい事を言うんだな。
心配、してくれてるのかな?
「詳しい結果は後日郵送します。」
「はい…」
良性だけど小さなポリープがあった。これくらいならある人はたくさんいるから心配いりませんって言われたけど。…ちょっと心配。
「あ、ショウタに電話しなきゃ。」
あれ?携帯がない!出る時に玄関に忘れたかな?
仕方ない。帰ってから電話しよう。
今日はこのまま仕事に行って夕方には帰るし、夜でもいいかな。
そんな事を考えながら仕事に向かう。
最寄りの駅で電車に乗る。まるでいつも通り。体の不調も感じない。
だからすっかり忘れてしまった。電話の事を。
携帯の着信音で目が覚める。こんな夜中に…
「…ショウタ?」
寝ぼけた意識の中で通話ボタンを押す。
「…もしもし?」
「もしもし、じゃねーよ。お前、電話しろって言ったよな?」
怒ってる?何で?
「何?どうしたの?」
「どうしたの?とか…。信じらんねー。」
電話の向こうで大きな溜息。
「病院、どうだったんだよ。」
「あ…」
忘れてた。すっかり忘れていた。
「ごめん!何ともなかったよ!携帯を玄関に忘れたまま病院と仕事に行っちゃって。」
「…そっか。」
あれ?ショウタ、何だか…
「何ともないなら良かった。じゃあ、おやすみ。」
「ご、ごめんね。連絡しなくて。」
ショウタの方から切れる。
電話はいつも通りなのに、ショウタの様子がちょっと違うように感じた。
気のせいかな…
「再検査…」
翌週に届いた病院からの封書には再検査の案内が同封されていた。
良性だけど一応ちゃんと検査をしましょうって事らしい。
これは、ショウタに言うべきか…
タイミング良く着信音が鳴る。
「もしもし、俺。」
「うん、こんばんは。」
「何してた?」
返事に詰まる。
「ん?」
「あぁ、明日の準備。」
言えない。変な心配かけたくない。
「そう。…今さ、お前んちの近くで飯食ってて。この後行ってもいい?」
「え!?急に!?」
お風呂上がりでスッピンだよ。
「は?駄目な理由でもあるのかよ。」
「ち、散らかってるし…」
「あと10分くらいかかるから片付けられるだろ?じゃ、後で。」
いやいや、一方的に電話を切られても…。
久々に会えるのにこんなテンションで大丈夫かな…
「お邪魔しまーす。」
「どうぞ。」
ショウタがうちに遊びに来るなんて半年ぶり。
「綺麗に片付いてんじゃん。」
「片付けたんだよ。」
片付けた後に慌てて着替えもメイクもした。
そんな私をじっと見る。
「…何?」
ワンピースは嫌だったかな?部屋着よりいいよね…。
「化粧、無理しなくていいよ。別にスッピンでも変わらないだろ?」
そっち?
「それに、本当はそんな好服きじゃないんだろ?」
え?
え、ちょっと待って。言葉が出ない。ショウタの前で普段の格好を見せた事なんてないよね?
何で知ってるの?
「お前さぁ、俺に何か隠してない?」
「え?な、何も隠し事なんてないよ。」
「…そこに隠してるつもりの封筒、見せて?」
それは…病院の封筒…
「ほら、隠し事、ないんだろ?」
でも、これは見せたくない。心配かけたくない…。
「だ、駄目だよ。体重とかも載ってるし。別に何もないから。」
「見せろ。早く。」
ショウタ、どうしちゃったの?
冷たい視線。
差し出された催促の手。断れない…
「…はい。」
仕方なく封筒を渡す。
ソファーに座ると封筒の中身を全て確認する。
いつもと違い過ぎるショウタを目の当たりにして動揺していた。
「…これ、どういう事?」
沈黙が続く。
「ポリープがあるから再検査って、つまりは…」
「小さくて良性だけど、念のために検査しましょうって事。」
ショウタの顔色が変わる。
「本当に?本当にそれだけ?」
「うん、そう言われてる。」
溜息をついた後、隣に座るように手招きをされる。
少しだけ距離を開けて座る。
「…俺、ホントはさ、めっちゃ束縛魔なんだよね。できるだけお前にバレないように距離開けてたんだけど…もう無理だわ。」
予想外の言葉に驚きを隠せない。
「…無理って事は、今日で終わりって事?」
だよね…
「は?何言ってんの?隠すのが無理って事。」
ショウタの視線が刺さる。さっきの冷たい視線ではなく、どこか甘えた視線。
「…お前の事で知らない事があるなんて辛い。耐えられない。小さい事でも全て知ってたい。それに…俺だけを見てほしい。見てくれないのなら、もうこの家から出さない。俺も一緒にこの家から出ない。お前とずっと一緒にいる。」
ショウタ、さらっと怖い事を言ってるんだけど…
きっとわたしも心の何処かで思っていた。ずっと一緒にいたい、と。
「ショウタはそうしたいの…?」
「うん。離れたくない。今までも毎日会いたかった。電話だって寂しくて切りたくなかった。でもそれじゃ駄目だから無理やり自分から切ってた。それから、俺のために頑張ってるのを分かってたから普段通りのお前が1番俺の好みだって言えなかった。」
「…普段通りって?」
不思議に思って顔を覗き込むとバツが悪そうな顔をしている。
「ショウタ?」
「…俺、休みの日に何度かお前のストーカーしてた。俺と会わない時の姿が知りたくて。キモイよね、俺。でも、お前の事が好きすぎて。こんな俺を知って嫌われるのが怖くて言えなくて…ごめん。」
確かに、ちょっと…。だけど。
「嫌いになんてならないよ。…ビックリしたけど、本当のショウタが知れて良かった。」
強く抱きしめられる。
「なぁ、再検査、俺、一緒に行ってもいい?」
「え?駄目だよ。ショウタ見つかったら大変!」
最近は仕事も忙しいし…。
「心配で、俺、どうにかなるかもしれない。」
やっぱり見せるんじゃなかったなぁ…。
「あ、今ウザイって思っただろ?」
「思ってません!」
抱きしめていた腕を離すと甘えた視線のまま私を見つめる。
今までどれだけ嘘の姿で我慢していたんだろうと思うと目の前にいるショウタが愛おしく思えた。
「俺、たぶん結構重い男だね。」
「自分で言うんだ。」
可笑しくなって笑っていると、また強く抱きしめられる。
「…キス、したい。」
耳元で低い声で囁かれて急に鼓動が早くなる。
「俺、お前しか見ないから。だから、俺の事しか見ないで?」
頷くと同時に、もうショウタからは離れられないと感じた。
end